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札幌高等裁判所 昭和41年(行コ)4号 判決 1968年6月26日

控訴人

清野清 ほか四名

被控訴人

北海道教育委員会

主文

本件各控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。控訴人清野清に関する部分を原審に差戻す。控訴人水野憲、同大場仁一郎、同宮野千秋、同高島弥栄子に対し被控訴人が原判決別紙目録表示の日に右控訴人ら四名に対してなした各休職処分が無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上および法律上の主張ならびに証拠の提出・援用・認否は、左記に附加するにか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

一  (被控訴代理人の当審における本案前の抗弁)

被控訴代理人は、当審において、本案前の抗弁として次のとおり主張した。

(一)  控訴人水野憲は教育職員免許法施行法(昭和二四年法律第一四八号)第一条第一項表七により昭和二四年九月一日中学校普通免許状および高等学校二級免許状の交付を受けているが、その他の控訴人らは教育職員免許法に定める免許状を有していない。教育職員は同法により授与する免許状を有するものでなければならない(同法第三条第一項)から、免許状を有することは教育職員の資格要件であつて、この要件を欠くに至つた場合には当然失職するものである。右免許状については同法施行法、学校教育法施行規則(昭和二二年文部省令第一号)により暫定的に仮免許状により教育職員たることを得る期間があつたが、昭和二七年四月一日以降はこのような期間の経過により全く資格を有しないこととなつたものである。従つて控訴人ら(控訴人水野憲を除く)はこの点から本件休職処分の効力を争う法律上の利益を欠くものである。

(二)  被控訴人らが控訴人らに対する退職金辞令を発令した年月日は次のとおりである。

(イ)  控訴人 大場仁一郎 昭和二五年一一月二四日

(ロ)  控訴人 宮野千秋 同年同月二五日

(ハ)  控訴人 高島弥栄子 同年同月同日

(ニ)  控訴人 清野清 同年同月二六日

(ホ)  控訴人 水野憲 同年同月同日

控訴人高島弥栄子は昭和二六年三月二八日、同清野清は同月二三日いずれも退職金を受領し、その他の控訴人もその頃退職金を受領している。

本件休職処分は官吏分限令第一一条第一項第四号の事由に該当するものとされたのであるが、同条第二項によりこの場合の休職期間は満一年であり、さらに同令第五条により休職を命ぜられ満期になつたときは、当然退職するものなるところ、控訴人らは、自ら退職金の支払いを請求し、これを受領したのである。これは退職願の提出こそなかつたが、右法令の規定による退職を承諾してなされたものというべきである。即ち退職金の支払いの請求は退職した事実を前提としてなされたものであつて、退職金はこの請求がなければ支払わるべきものではなかつたのである。このように休職処分後になされた退職を承諾している控訴人らには本件休職処分の無効確認を求める利益がない。

二  (被控訴代理人の本案における主張)

控訴人らは本件休職処分発令後は一度も勤務したことがなく前記のとおり退職金を異議なく受領しているものである。もつとも控訴人らは右休職の発令に対して審査の請求をなしたが、間もなく却下されるや、その後昭和三六年一〇月一六日本件訴訟を提起するまで約一二年間右処分についてな、んら争うことがなかつた。その間控訴人らはそれぞれ他の職業につき生計をたてているものであつて、なかんづく控訴人水野憲は昭和二七年五月昭和女子大学に就職し、昭和三二年一月一一日以降は同大学短期大学英文科助教授の職にあり、給与も月額四九、三〇〇円を受けている。また一方被控訴人は右処分がいずれも瑕疵のないものと確信しており、控訴人らの後任を直ちに選任し、これを補充しているのである。

このように控訴人らは本件処分により公務員としての身分を失つてから、なんら留保することなく退職金を受領し、他に生計の途をたて、争うことなく約一二年を経過したのであつて、その間本件処分を争うことについてなんらの障害はなかつた。即ち控訴人らは本件処分当時公務員の組織する強力な労働団体である北海道教職員組合(いわゆる北教組)に所属し、経費その他あらゆる面で援助を受けることのできる地位にあつて、訴訟により争うことにはなんらの制約を受けるものではなかつた。しかも平和条約締結後においても本件訴訟提起まで一〇年を経過している。殊に教育公務員は教育を通じて国民全体に奉仕する職務と責任を有する特殊性に基づき、絶えざる研究と修養を要求され、特別な資格を有する者に限定されているのであるが、本件のように長期間職を離れている者が、突如として原職に復帰するが如き事態は、学校教育の重大性からみて、ゆゆしいことであり、この一二年間の空白は控訴人らが教育公務員としての地位を主張するには不適当な期間であるといわなければならない。よつて控訴人らの請求は著しく信義誠実に反し、且つ権利の濫用であるといわなければならない。

三  (控訴代理人の答弁世びに主張)

(一)  控訴代理人は、被控訴代理人の右本案前の抗弁(一)について次のとおり述べた。すなわち、被控訴人の主張は要するに控訴人水野憲を除くその余の控訴人らが、いずれも本件処分当時仮免許状の所有者であつたことを前提とする。しかしながら控訴人はいずれも旧教員免許令(明治三三年勅令第一三四号)により、控訴人清野清は実業学校教員免許状を、同大場仁一郎、同宮野千秋は中学校、高等女学校教員免許状を、高島弥栄子は尋常小学校正科教員免許状をそれぞれ授与されていたものである。

教育職員免許法と同時に施行された同施行法は新しい免許状制度の実施に伴う経過的措置を規定し、旧令による教員免許状を有する者について特例を設け、これらの者はそれぞれ適当な免許状を有するものとみなす旨規定した(同法第一条)同法第一条の表一によると、控訴人清野清、同大場仁一郎、同宮野千秋はそれぞれ中学校および高等学校の教員の二級普通免許状(表一の番号七)控訴人高島弥栄子は小学校および中学校の二級普通免許状(同番号一)を有するものとみなされている。従つて右施行法の実施期日である昭和二四年九月一日以後においては、教育職員免許法による新免許状の授与権者たる被控訴人において交付すべきところ、各地区学校ごとに切りかえの手続に時日を要し、控訴人水野憲を除く他の控訴人らは新免許状の交付を受けないまま同年一一月頃本件休職処分を受け今日に至つた。本件における控訴人らの勝訴の判決が確定するならば、被控訴人において直ちに前記各相当免許状交付の手続をとるべき義務を有するに至るのである。なお控訴人大場仁一郎は昭和二八年一二月自ら請求して高等学校、中学校各二級普通免許状の交付を受けた。

以上の次第で控訴人らが免許状を有しなくなつたため訴の利益を欠く旨の被控訴人の主張は失当である。

(二)  被控訴人の当審における本案前の抗弁(二)につき、被控訴人主張の当時その主張のとおり控訴人らに対する退職金辞令が発せられ、控訴人らがそれぞれ退職金を受領したことは認めるも、訴の利益がないとの主張は争う。

被控訴人は本件休職処分後既に一二年を経過して無効を主張することは信義則に反し、かつ権利濫用であると主張するけれども、しかしながら適法な処分や有効な合意があるのに後になつて処分の効力を争う場合は格別、もともと被控訴人において違法無効な行政処分を強行したものであるときは、権利を害された者が、その無効を主張して提訴することは、なんら信義則に反するものではないし、控訴人らにとつて当時の政治情勢と組合事情を考えると一二年の経過はやむを得なかつたものであり、また控訴人が権利を行使しないものと被控訴人において信ずべき特段の事由もあり得ないのであるから、被控訴人の主張は失当である。

四  (新たな証拠)

立証として控訴代理人は甲第一五号証、同第一六号証の一、二、同第一七、一八号証を提出し、証人山原健二郎の専問を求め、被控訴代理人は右甲号各証の成立を認めると答えた。

理由

一  控訴人清野清に対する被控訴人の原審における本審前の抗弁に対する原判決の理由一の判断は、当裁判所もまた次に附加するほかこれを肯定すべきものと考えるから、原判決の判示をここに引用する。

免職された公務員が、免職処分の取消訴訟の係属中に公職の候補者として届出をしたため、法律上その職を辞したものとみなされるにいたつた場合においても、行政事件訴訟法第九条のもとでは当該訴の利益を認めるのが相当であることは昭和四〇年四月二八日の最高裁判所大法廷判決の判示するところである。しかしながら右判例は行政処分の取消訴訟に関するものであつて、行政処分の無効確認訴訟たる本件には先例とはなし得ない。

蓋し行政事件訴訟法において、無効確認訴訟は取消訴訟以外の抗告訴訟であり(同法第三条)取消訴訟以外の抗告訴訟には同法第九条の準用が排除されていることが明らかである(同法第三八条)のみならず、同法では取消訴訟の原告適告と無効確認訴訟の原告適格とはそれぞれ別異に規定を設け、取消訴訟については、同法第九条において、処分の効果が期間の経過その他の理由によりなくなつた場合においても、なお処分の取消しにより回復すべき法律上の利益を有する者をも含めて原告適格を認めるのに対し、無効確認訴訟については、同法第三六条により処分の無効確認を求める法律上の利益を有する者で且つ処分の効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができない場合に限つており、無効確認訴訟の原告適格には取消訴訟のそれよりも相当大幅な制約を加えていることが明らかである。ところでこれを本件についていえば、控訴人清野清は本件休職処分に付せられた当時、公立学校の教員として地方公務員の地位を有していたが、右処分後の昭和三八年一一月二一日施行の衆議員選員選挙に同年一〇月三一日立候補の届出をしたこと原判決のとおりであるから、同控訴人は公職選挙法第九〇条の規定により地方公務員を辞したものとみなされることは明らかであつて、この場合に同控訴人の残存する利益たる給料その他の請求権は別訴の提起により十分保護される余地があるわけである。行政事件訴訟法第三六条後段の規定の趣旨は、まさにこのように別訴の提起により十分に保護される余地のあるものには無効確認訴訟の原告適格を認めない趣旨と解せられる。従つてこのような場合には無効確認の訴の利益もないものといわなければならない。

そして当裁判所は同法附則第三条、第八条に従い、従前の例により行政事件訴訟特例法を適用して同控訴人には訴の利益なしと判断するのであるが、前記最高裁判所の判例における補足意見のように、昭和三五年三月九日同裁判所大法延判決(民事一四巻三号三五五頁)が新法の規定によつて立法的に変更されたものと解するならば、これも昭和四〇年四月二八日の前記判例をもつて本控の先例とはなし得ない根拠となるであろう。

二  控訴人水野憲に対する被控訴人の原審における本案前の抗弁について、当裁判所の判断は、原判決理由一のうちこの点に関する判断と同一であるから、ここにこれを引用する。

三  被控訴人の当審における本案前の抗弁(一)について、被控訴人は控訴人水野憲を除くその余の控訴人らが教育職員免許法施行法(昭和二四年法律第一四八号)により昭和二七年四月一日以降教育職員免許法(昭和二四年法律第一四七号)に定める免許状を有しないから教育職員たる資格要件を欠くものであつて訴の利益を欠く旨主張する。

教員免許令(明治三三年勅令第一三四号)に基づき控訴人大場仁一郎、同宮野千秋の両名はそれぞれ中学校、高等学校教員免許状を有し、控訴人高島弥栄子は尋常小学校正科教員免許状を有することは当事者間に争いがない。右教育職員免許法施行法第一条第一項によれば同条項の表上欄に掲げる免許状を有する者は同表下欄の免許状または仮免許状を有するものとみなす旨規定している(この規定は同法の数回にわたる改廃にも拘わらず今なおその効力を有するのである。)従つて被控訴人主張のように右控訴人らがその後新しい免許状の交付を受けず昭和二七年四月一日以降教育職員たる資格を失つても、右控訴人らはその後において前記の「みなす効力」に基づき免許法所定の免許状の交付を申請し、その交付を受けることができるのでありその交付を受けることにより再び教育職員たる資格を取得することができるものと解すべきである。よつて右控訴人らが教育職員免許法に基づく新たな免許状の交付を受けていないことを理由として直ちに訴の利益なしとする被控訴人の主張は採用し得ない。

四  被控訴人の当審における本案前の抗弁(二)および本案における信義則違反、権利濫用の主張については、当裁判所が次に判示する本案に関する実体的判断と関連するものがあるから、これらを併せて判断することとする。また当裁判所の実体的判断は以下に附加説示するほかは、原判決理由の二において説示するところと同一であるから、ここにこれを引用する。

被控訴人が控訴人が清野清を除くその余の控訴人(以下単に控訴人らという)に対する退職金辞令を発令した時期が、控訴人大場仁一郎につき昭和二五年一一月二四日、控訴人宮野千秋同高島弥栄子につき同年同月二五日、控訴人水野憲につき同年同月二六日であること並びに右控訴人らが昭和二六年三月二八日頃右退職金をそれぞれ受領していることは当事者間に争がない。

成立に争のない乙第一ないし第六号証に原審証人白岩教、同田村寛一、同鎌田理吉、同住吉匡、同大野直司、同本間喜八郎同佐藤健の各証言を総合すれば次の事実が認められる。

1  右退職金は控訴人らの各請求により控訴人らに交付されたものであること。

2  右退職金受領に際して控訴人らにおいてなんらの留保条項ないし異議の附せられた事跡のないこと。

3  控訴人らの休職処分のなされた当時北海道吏員たる地方公務員中にも休職処分に付せられたため、裁判所に対しその休職処分を争う行政訴訟を提起した者もあつたが、控訴人らは北教組を通じて被控訴人に対し審査請求をなし、それが却下されたにも拘わらずその当時あえて右のような処分を争う行政訴訟を提起しなかつたこと。

4  控訴人らがその当時右行政訴訟を提起しようとすれば、障害となる特段の事情がなかつたこと。(控訴人らはその当時の政治情勢と組合事情により行政訴訟を提起するに至らなかつた旨主張するけれども、前掲証拠によれば右の事情は本件休職処分を争う行政訴訟を提起することを不可能にする程の強い障害とは認められず、かかる訴訟を提起しなかつたのはむしろ控訴人らのこれに対する態度が極めて低調であつたことに基因するものと認められ、このことは控訴人らがその当時被控訴人に対し再審査請求をなし、被控訴人において再審査を開始したにも拘わらず控訴人らにおいてこれを放置して顧みなかつた態度からも十分に窮い知ることができる)。

以上の認定を覆えすに足る確証はない。しかも控訴人らは昭和三六年一〇月一六日に至り突如として原審に対し本件休職処分の無効確認訴訟を提起するに至り、右訴訟提起は本件休職処分後約一二年を経過し、前記退職金受領の時より約一〇年六月有余を経ていることは記録上明らかである。

叙上の経緯に徴するとき、控訴人らが自ら請求して退職金を受領し(退職金の請求および受領は退職の事実を前提とすること言うを俟たない)、その受領した時よりじんぜんとして一〇年六月余を経た事実は、官吏分限令第五条において休職処分後休職期間満了の日に当然退職するものとなる旨を定めていることを合せ考えれば、控訴人らにおいて右休職処分を前提とする休職を承認していたもの、即ち本件休職処分を承認していたものと認めざるを得ない。しかもその後における控訴人らの態度が前示のとおりであり、本訴提起まで長年月を経過したのであるから、控訴人らはもはや本件休職処分の無効確認を求めることは許されないものといわなければならない。従つて控訴人らの本訴請求はこの点において既に理由のないものといわなければならない。このことは今さら禁反言の法理や信義則の理論をもちいるまでもなく明白なものというべきである。またこのような実体的判断において請求の理由ないことが明らかな場合には、被控訴人の当審における本案前の抗弁(二)において主張するように、退職の承認による訴の利益もおのづから消滅するものということができるけれども、叙上のような実体的判断のもとに控訴人らの請求を排斥すべきものである以上、訴の利益なしとの理由で本訴を却下すべきではないといわなければならない。

よつて原判決が控訴人清野清の本件訴を却下した判断およびその余の控訴人らの請求を棄却した判断は相当であり、本件各控訴はいづれも理由がないから棄却することとし、控訴費用につき民事訴訟法第三八四条第九五条第九三条第八九条を適用し主文のとおり判決する。

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